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盛岡家庭裁判所 昭和38年(少)616号 決定

少年 K(昭二一・一二・一九生)

主文

この事件を盛岡地方検察庁の検察官に送致する。

理由

(犯罪事実)

少年は昭和三七年三月頃○○市立○○中学校卒業後転々と職を変え、本件犯行前には、通りすがりの中高校生から脅し取つたり、盗んだ自転車を売り払つたりした資金で映画を見たり、雑誌を読みふけつたりする生活を送つていたものであるが、ギヤングややくざの世界に異常なまでの興味を持つようになり、その空想の世界に魅せられ、ひいてはそれを現実化しようと考えるまでになつた。そしてその第一段階としてアメリカのリンドバーグ事件にヒントを得、子供を誘拐してその身代金を脅し取ることを企て、宮古でも有数の資産家といわれ、且つ近所で或程度家の事情にも通じていたところから水産業○江○郎方をその相手に選び、まず昭和三八年一月頃その長男○江○信を誘拐しようと考え通学先の○○中学校に電話をかけて呼び出そうとしたが、同少年が欠席していたため果さず失敗した。しかしその後も計画を捨てず機会をうかがつていたところ、今度は次男T(当時一三年)に目をつけ、

第一  昭和三八年五月二七日かねてからの計画を実行し金員を脅し取ろうと考え、午後七時前頃前記○江方に電話をかけ、Tを電話口に呼び出し「小笠原先生が用事があるから七時までに○○小学校まで来てくれといつていた」と話し、そのとおり信じて直ちに宮古市○○字△△所在○○小学校までやつて来た同人に対して「お前この前人を殴つたろ、その人のところへ連れていく」旨告げ、事実に反することでもあり半信半疑の同人を前同○○番地△△所在宮古市建設課管理でかねてから少年が寝泊りしていた水防小屋に連れ込み「俺が帰つて来るまで逃げるなよ。逃げて俺の事を話すと後からどうなるかよく考えろ」などといつて同人を脅し、かねてから少年の乱暴を知つている同人をこわがらせ、そこから逃亡することを断念させ、同人を少年の実力支配内におき、もつて営利の目的で同人を略取した。

第二  同日午後八時三〇分頃、Tの母○子に対し電話で「三〇万円を持つて来なければTをばらすぞ」と言つて脅迫し、同人を畏怖させ、同日午後九時頃宮古市△△所在比古神社境内において同人から現金三〇万円を受け取りこれを脅し取つた。

第三  前同様金員を脅し取ろうと企て昭和三八年六月一六日午後八時頃、前記○江○郎に電話で「一〇万円を持つて来い。そうでないと家に火をつけるし子供も殺すぞ」と言つて同人を脅し畏怖させ、同日午後九時頃前記○○小学校正門附近で同人から現金一〇万円を受け取り、これを脅し取つた。

第四  前同様昭和三八年六月二二日午後一〇時過頃、電話で前記○江○郎に対して「今すぐ三〇万円持つて来い。そうでないと息子達を全部片輪にするぞ」などと言つて同人を脅し金員を喝取しようとしたが、警察に通報されたためその目的を遂げなかつた。

第五  業務上その他法定の除外事由がないのに昭和三八年六月二二日午後一〇時頃、宮古市△△所在保育園附近において、刃体の長さが六センチメートルを越える刃渡一二・五センチメートルの登山ナイフ一丁(証第一号)を携帯したものである。

(罰条)

第一の事実 刑法第二二五条

第二、第三の事実 刑法第二四九条第一項

第四の事実 刑法第二四九条第一項、第二五〇条

第五の事実 銃砲刀剣所持取締法違反第二二条、第三二条第一号

(検察官に送致する理由)

第一  少年は昭和二一年一二月一九日小○○二、同○子の長男として宮古市に生れ、父親の勤務の関係もあり、宮古、姫路等転々とし、その間家庭では父親から体罰を加えられたり、叔母や祖母のもとに預けられたりして幼年時代を過した。性格は気が弱く、憶病であつたが時に自分より弱い者に対して暴力を振い近隣から苦情を持ち込まれることもあつた。特に姫路へ転居してから、酒好きの父の女関係で家庭が落着きを失くし、且つ周囲生活環境とあいまつて、少年のその傾向は強まつた。その後昭和三三年四月頃再び宮古に戻り三四年四月には宮古市立○○中学校に進学したが翌三五年一月三一日少年の唯一の相談相手であり心のよりどころであつた実母が死亡してから怠学、外泊、暴行、持ち出し等が顕著になり、実姉を庖丁で刺すなどということもあつたため一ヵ月ばかり宮古児童相談所に収容されたものの、その後も同様の生活を続け、一時高校進学を思い立つたが、宮古○○高校の受験に失敗し結局昭和三七年四月○○中学を卒業し就職することになつたものである。

第二  少年の知能そのものは通常もしくは通常以上であるが、その性格は抑うつ性、過感性、強迫性、自己顕示性強く、気分は変り易い。感情的好悪激しく、快楽原則的傾向を持ち、暗示にかかり易く、基底には未成熟な類型的にはヒステリー性性格がひそんでいるものと考えられる。そしてそれには上記の生育歴、家庭環境、生活の場が相互にからみあい、並行して極めて強い情動不適応が認められ、異常な興奮性、自己統制を欠く反抗、特に権威に対する反撥は強い。それがギヤング映画等により容易に触発され、反社会的な人目を引く本件非行に至らせたものと認められる。

第三  少年は本件非行時一六年五月、非行の動機は唐突で空想じみており、行為の反社会性、結果の重大性には思い至らず少年を誘拐してしまつた次第である。二度まで現金を番し取り、三度目まで試みさせた裏には、周囲が適切な手を打たなかつたこともその原因をなしている。

しかし動機がどうであれ、同種事件が頻発している折から、その与えた社会的影響は極めて大きい。○江一家はこの事件にヒントを得た者から再度同様の方法で脅され、それだけにこれが与えた衝撃は家人の誰もが一生拭い切れぬほどであろう。被害者の感情が今なお解けぬばかりでなく、少年に対する恐れがいささかも減つていないことも忘れるわけにはいかない。しかも本件非行は極めて大胆、計画的であり計画達成の意欲も強烈で、一六才の少年というにはあまりに度が過ぎていると認めざるを得ない。

第四  少年は本件非行後もその結果の重大性には思い至らず、非行前と同様、むしろ計画が成功したことによりそれ以上の態度をとり続けている。自己陶酔こそあれ全く反省の色は見せない。最後は誘拐した少年を殺すつもりであつたなどと得々としてしやべつているありさまである。諸般の事情、少年の上記性格から推して殺意があつたかどうかは疑わしいが、いずれにしてもこのままでは再非行の恐れは極めて高い。特にそれが現実の反社会的集団と結ぶときは重大な結果を招くものと認められ、しかもそれは現状では容易であろうと推認される。

第五  少年の生い立ち、身体的成熟と比較して、極めて未成熟なその性格、特に情緒面での著しい欠陥、それらは保護処分に親しみ、少年の将来に逆に或程度の希望を持たせる要因であるけれども、少年の現在の人格形成の根は相当深く、非行への傾斜は現段階でも相当強く固定してしまつているものと判断せざるを得ない。特に本件非行そのものの重大性、その後の少年の態度を考慮すると、この際刑事処分に対し、少年の誤まつた価値観、反社会的な行動性に対しそれ相当の刑罰を課し、少年自身の反省を待ち、そのうえで適切な更生を図らせるのが至当である。

よつて少年法二〇条により主文のとおり決定する。

(裁判官 斎藤規矩三)

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